世の中の正月モードに振り回されない

もう12月も少なくなってきて、メディアやネットも正月の話題になっている。

やれ、どこで年末年始の売り出しをするとか、イベントをしているだとか、これでもかと情報を流してくる。

例えば、恒例の二年参りや初詣も、どこそこの神社にはこんなご利益があるとか、あそこの神社が人気でパワースポットだとか言い始める。

もはや正月自体がイベント化している、この状況をおかしいと思わないのだろうか。

静かに新年を迎え、家族と過ごし、家でゆっくりする。

おせち料理とは、正月の三が日、女性陣が料理をしなくてもいいように日持ちのするものを作り置いたのが始まりだ。

それなのに、特に大都市圏では、大手の小売・サービス業などは元旦から営業を始め、従業員が休めない。

いくら業績を出すためだとはいえ、シフト制があるとはいえ、正月に休めない人を作ってしまうのはどうなのだろうか。

休む側も、正月に家でゆっくりせずに、メディアの情報に振り回されてお出かけするのが当然だと思い込まされている。

「福袋が買いたい」

「セールで安く買いたい」

本当に必要で欲しいものを買っているのだろうか。

本当に必要であれば、正月でなくても手に入れようと情報を探し、自分に合ったものを買っているのではないか。

私たち自身も、自分にとって本当に大切なものは何か、本当に必要としているものは何か見失っている。

幸せを感じられているのであれば、手に入っていないことを嘆くのではなく、今、手元にあって十分満たされていることをありがたいと思うだろう。

ありがたいと思えないのは、今ある生活に不足を感じているからだ。

たとえ、生活するのに何不自由ない状態であったとしても、自分が不足だと思っていれば不足感だけしか感じられない。

その不足感を埋めるために情報を探し、メディアの情報に頼り、本当に欲しいものではなくても手に入れて満足しようとする。

これこそ「終わりのない旅」だ。

正月は、特に三が日は、新年を穏やかに迎えるための日だ。

心安らかに迎える準備をしよう。

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振り返りってしたことない人が多い

「振り返り」

何か仕事やイベントが終わって、成果が出たのか、問題点は無かったのか、次に活かすために振り返りをすることはある。

しかし、自分のことに対して振り返りをしたことはあるだろうか。

ほとんどの人はしたことがないだろう。

それほど、私たちは漫然と日々を生きている。

日常生活の中で私たちは数多くのことを考え、いろんな思いに振り回されることになる。

「アイツ、何かに気に食わないんだよね。」

「あの人さ~、ちょっとダサくない?」

自分が知っている人のこと、知らない人のこと、街や電車で見かけた人にさえジャッジをしてしまう。

もちろん、身近な親兄弟、親戚や親友でさえ、気づかないところでジャッジしてラベル張りをしている。

自分が貼っているラベルの種類は無限にあって、自分でつけていたことさえも忘れてしまう。

忘れているからこそ厄介なことになる。

それはなぜか。

聞いた話では、人は1日に約6万回物事を考えていて、それも意識していないところで考えてしまっているそうだ。

ふと目に入った物や人、実際に存在しなくても空想したことでさえ、自分に影響を与えていることに気づいていない。

これってヤバいと思う。

サブリミナル効果って聞いたことがあるだろう。

テレビのCMなどで、人が認識できない僅かコンマ数秒の映像によって、人の購買行動を促し誘導してしまう手法だ。

サブリミナル効果でなくても、テレビでちょっと見かけた物が気になってネットで探しまくり、お店を見つけて買ってしまう。

そんな行動をしたことがあるはずだ。

私たちは、自分が意識せずにコンマ数秒の中で考えたこと、感じた思いに影響されてしまう。

だから「振り返り」が必要なのだ。

今まで生きてきた中で、自分が誰かに対して一瞬でも酷いことを思っていないか、見下してしまっていないか、思い出してみる。

最初は上手く思い出せないかもしれない。

しかし、いくつか思い出していると、次第に芋づる式に記憶が紐解かれていく。

そこで気づけたことが重要になるのだ。

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罪悪感があると休みたくても休めない

「休みたくても休めない」

友人や同僚からこんな言葉を聞いたことがあるはずだ。

「休みたいなら休めばいいのに」

周りから見ていると至極簡単なことだと思いがちだが、本人にとっては何よりも難しいことのように感じてしまう。

その正体は、ズバリ「罪悪感」だ。

日本人は諸外国と比べても働き過ぎだと言われる。

その根底には「働かざるもの食うべからず」という価値観があるからだ。

ブラック企業であれば、休みを取ることは難しい場合もあるだろう。

しかし、いわゆる「ブラック企業」の数は、企業の数全体と比較すれば割合としては多くはない。

注目されるのは、メディアが取り上げる中で、インパクトを持たせるために大げさに伝えている部分もあるからだ。

もちろん、そんなブラック企業に入ってしまった人には、即刻退職してまともな企業へ移ってほしい。

とはいえ、私たち日本人の中には

「ちゃんとした会社で働かなければ、世間から、周囲から白い目で見られる」

という思い込みがあるようだ。

だが、ハッキリ言って、それは思い込みにしか過ぎない。

街を歩いていて、電車に乗っていて

「あの人は働いていないんだって」

と、あなたを見て思う人は皆無だ。

偶然すれ違い、あるいは乗り合わせた、どこの誰とも知らない人の素性など何の興味もないからだ。

「働いていない」というのは、あくまでも状態であって、あなた自身ではない。

働いていない自分を責めているのは、他ならないあなた自身だ。

であれば、「なぜ自分は働いていない人のことを責めてしまうんだろう」と自分の感じ方を見つめ直した方がいい。

「働いていない」という言葉の中には

  • 休暇だから働いていない
  • 働きたくても働けない状態
  • 働けるのに働いていない

など、人によって状況はまちまちだ。

それぞれに理由があり、真実は本人にしか分からない。

だから、休めるのであれば休んでしまった方がいいのだ。

会社は、社員が入れ替わっても業務が滞らないように、本来必要な数以上の社員を抱えている。

リスクヘッジをしているのだ。

だから、正々堂々と休んで、他の社員に任せてしまえばいい。

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休めるときに休もうとしないと休めない

「休まなきゃな~」

そう思っていても休めないこともある。

平日は仕事に追われ、休みになっても何気なく気になってしまう。

あるいは、その週に起こった職場での出来事を思い出して、同僚や上司に対して不満や愚痴を心の中で言ってしまう。

ありがちなことだが、気を付けなければならない。

休みなのに、職場で起こった嫌なことを思い出している。

それでは気が休まるわけがない。

当然だが、もう過ぎたことなのに自分だけが思い出して、今になっても自分で自分を苦しめているからだ。

原因は、職場の同僚や上司ではない。

出来事が起きたときは、嫌な思いをしたかもしれない。

でも、すでに休日になっているのに、思い出して嫌な思いに浸っているのは、他でもない自分なのだ。

自分で選んでやっているのだ。

「だって、悪いのは同僚や上司のほうだろ?」

そう思いたくなるのもわかる。

しかし、もう目の前に同僚や上司はいない。

いるのは自分だけ。

自分でその場面をありありと思いだして、強烈にイメージしてしまうから自分の心を痛めつけることになるのだ。

こんなこと、本当ならやりたくないはずだ。

でも、やってしまう。

あなたが苦しんでいるとき、相手の同僚や上司は、あなたのことについて何も気に留めずに自分のやりたいことをしている。

一方で、自分は嫌なことを思い出して苦しんでいる。

それでいいんですか?

気にしているのは自分だけ。

確かに同僚や上司の言動は、嫌なものだったのかもしれない。

でも、それを今も手放さずに思い出して、自分を苦しめる原因を作っているのは自分だということ。

そこに気づかないといけない。

休みの日なのだから、嫌な出来事を思い出している暇はない。

自由な時間は自分のためにだけ使う方がいい。

あえて嫌な出来事を思い出し、同僚や上司に振り回されているうちに、休める時間はどんどん減っていく。

非常にもったいないことだ。

嫌な出来事について同僚や上司のことを思い出すのではなく、自分が何をしたいのかちゃんと考えて行動する。

じっくり休みたいなら、そのための行動をするのだ。

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ITやAIはもうおとぎ話じゃなくて身に付けるべき「スキル」

Windows95が出てからもう30年。

パソコンを買ってインターネットにつなげられた日の感動は、今でも覚えてる。

今では考えられない低いスペックのパソコンが何十万もして、中々変えずに悩むこともあった時代。

そこからたった30年で驚くほど進化して、今はAIの時代。

ChatGPTの登場で、時代が大きく変わった気がする。

まだ正確性には欠けるものの、ネット上の情報を整理してちゃんと読める程度は最低限やってくれる。

基礎的なプログラミングなら、AIに訊けば9割がた正確なものを創ってくれる。

あとは人の側で手直しをするくらい。

更に進化して、画像や短編動画まで作れるようになってきた。

具体的な命令文さえ与えれば、人間は補助的な作業をするくらいで、レベル的にある程度問題ないものが出来上がってしまう。

これってスゴイことだ。

だが、反面怖いことでもある。

なぜかって、その内に人の手を一切介さなくてもAIが自動で処理をしてしまう時代が来るかもしれないからだ。

実際、いわゆるホワイトカラーの仕事は、見えないところで減り始めている。

それでも人は快適なオフィスで、簡単な事務仕事をして稼ぐことを夢見ている始末。

今のうちにITの世界に慣れ、AIをどのように使いこなすか身に付けておかないと、いざというときに生計を立てられなくなる。

大企業でさえ簡単に倒産してしまう現代。

仕事はある。

ブルーカラーの。

とはいえ、カラダを使うことに慣れていないホワイトカラーは、ブルーカラーの仕事は決して選ばない。

そこなんだよね。

ITやAIについて学ぼうとしない。

かといって、カラダを使って働くこともしたくない。

一体、何を売りにして稼ごうとしているのだろうか。

時代は先へ進んでいて、多くの人間は先の時代を見ることを拒んでいるようにしか思えない。

いやあ、日本はどうなってしまうんだろうか。

今の働き方に疑問を感じている人は少なからずいて、実際に手を動かしている。

彼らを見習って、ぶつくさ言わずに手を動かせるものだけが生き残れる。

そんな時代になってしまった。

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